西武 球団 記録。 球団別成績

球団史上最速タイの158キロを記録。西武・平良海馬はマウンド度胸満点。

西武 球団 記録

リーグVのチーム主将が最下位チームへ 異例の移籍 20日夜に浅村から電話で移籍の旨を伝えらえたという西武の渡辺久信シニアディレクター(SD)兼編成部長は「何よりも浅村残留を望んでいたファンに対しては大変申し訳なく思っています」とファンに向けて謝罪の意を表したが、西武のFA流出は浅村だけにとどまりそうもない。 西武からFA権を行使した炭谷銀仁朗捕手の獲得に巨人が3年総額6億円を用意。 16日の初交渉で、大塚淳弘球団副代表を通じて原監督からメッセージを受けた炭谷は、巨人移籍に前向きな姿勢を示しており、西武のFA流出は避けられない状況だ。 リーグ優勝をした球団の主将が、その年の最下位のチームに移籍すること自体、異例のことだが、炭谷捕手が巨人に移籍すれば「ワースト記録」の更新となり、来季の戦力ダウンは必至だ。 FA制度がスタートした1993年以降、2018年11月21日現在、西武から他球団にFA移籍したのは以下の17人。 2番目に多い日本ハムは14人、これにソフトバンク、オリックスの11人が続く。 最もFA流出が少ないのはロッテで、過去7人しかFAでの移籍はない。 なぜここまで西武の選手のFA移籍が多いのだろうか。 J-CASTニュースは、その要因を西武の元球団職員に聞いてみた。 根付かぬ西武のフランチャイズ制度 「西武の選手がなぜFAで他球団に移籍するのか。 単純に言えば、西武にいい選手が多く集まっているからです」 西武のスカウト陣によるスカウティング、選手育成には定評があり、12球団では広島、日本ハムに並んでトップクラスだが、広島と日本ハムの選手にあって西武の選手に足りないのは「チーム愛」だと指摘する。 プロ野球では、地域密着のフランチャイズ制が敷かれ、西武は2008年にチーム名をそれまでの「西武ライオンズ」から「埼玉西武ライオンズ」に変更。 埼玉所沢市のメットライフドームを本拠地とし、さいたま市大宮区の埼玉県営大宮公園野球場を準本拠地としている。 「西武は西武グループが持っているというイメージが強く、フランチャイズ制が他球団に比べて根付いていない。 選手もその意識が強い傾向にある。 優勝しても埼玉が盛り上がるというよりも、西武百貨店のセールが話題に上がるように、地域に対する選手の意識は他球団に比べて薄いでしょう」 また、年俸に関して球団に不信を持つ選手が少なくないという。 かつてチームが低迷を続けていた時代には、個人成績がアップしてもV逸を理由に希望年俸に届かなった選手もいたという。 優勝したシーズンでも球団の赤字経営によって、大幅な年俸アップを望めないこともあったという。 FAで大量に選手が流出した大きな要因として、前出の元球団職員は、故・根本陸夫氏の存在を上げた。 広島、西武、ダイエーの3球団で監督を務め、82年から西武のフロントとして辣腕を発揮した人物である。 多くの伝説を残す根本氏だが、西武時代は意表をついた大型トレード、多くの有望新人選手の獲得など、ことごとく戦力補強を成功させ、西武の黄金時代を築き上げた。 その手腕は「根本マジック」と呼ばれた。 前出の元球団職員は「今の西武には根本さんのような、選手ににらみの利く人物がいない。 根本さんは選手から絶大な支持を受けていたし、選手も根本さんの言うことは素直に聞いた。 そういう時代でした」と話した。 変わりつつ西武の球団体質 また、今回、浅村が楽天を選択した理由に関して「石井GMの影響は大きい。 西武を出ていった人が、西武を出ていくメリットを説明するわけですから。 ただ、浅村選手が楽天を選んだのは、『自分の力で最下位のチームをどれだけ引き上げることが出来るか証明したい』からだと聞いています」と言及した。 18人目のFA流出が避けられそうもない状況にある西武だが、チームの状況は少しずつ変わりつつあるという。 かつての西武は、自らの意志でチームを離れた選手の出戻りを許さなかった。 だが、近年では2010年にMLBに挑戦した土肥義弘選手が2014年に1軍投手コーチとして復帰。 2003年にFAでMLBメッツに移籍した松井稼頭央選手は、2017年に選手兼コーチとして西武に復帰した。 前出の元球団職員は「西武というチームはある種の村社会で、外の球団を知らない選手の集まりでした。 FAで出ていった選手も、二度と戻れないという気持ちで出ていった。 だから土肥選手と松井選手は西武にとって良い前例を作ったと言える。 これから西武は変わっていくと思いますよ」と願いを込めて締めくくった。

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プロ野球の開幕連勝記録と優勝の関係|開幕連勝記録1位は?

西武 球団 記録

2020年6月26日 金 現在 年度 監督 順位 試合 勝利 敗北 引分 勝率 差 打率 本塁打 防御率 1950 宮崎 要 5 120 51 67 2. 432 31. 254 79 3. 87 1951 三原 修 2 105 53 42 10. 558 18. 242 63 2. 75 1952 三原 脩 3 120 67 52 1. 563 8. 261 94 3. 08 1953 三原 脩 4 120 57 61 2. 483 13. 253 114 3. 05 1954 三原 脩 1 140 90 47 3. 657 ---. 256 134 2. 17 1955 三原 脩 2 144 90 50 4. 643 9. 259 140 2. 68 1956 三原 脩 1 154 96 51 7. 646 ---. 254 95 1. 87 1957 三原 脩 1 132 83 44 5. 648 ---. 255 94 2. 15 1958 三原 脩 1 130 78 47 5. 619 ---. 243 83 2. 37 1959 三原 脩 4 144 66 64 14. 508 22. 236 69 2. 66 1960 川崎 徳次 3 136 70 60 6. 538 12. 251 97 3. 05 1961 川崎 徳次 3 140 81 56 3. 589 5. 249 110 2. 83 1962 中西 太 3 136 62 68 6. 477 16. 245 92 3. 00 1963 中西 太 1 150 86 60 4. 589 ---. 244 146 2. 69 1964 中西 太 5 150 63 81 6. 438 19. 242 116 3. 57 1965 中西 太 3 140 72 64 4. 529 15. 246 112 3. 00 1966 中西 太 2 138 75 55 8. 577 4. 231 125 2. 13 1967 中西 太 2 140 66 64 10. 508 9. 222 98 2. 50 1968 中西 太 5 133 56 74 3. 431 24. 237 110 3. 17 1969 中西 太 5 130 51 75 4. 405 25. 225 119 3. 40 1970 稲尾 和久 6 130 43 78 9. 355 34. 225 137 4. 12 1971 稲尾 和久 6 130 38 84 8. 311 43. 231 114 4. 31 1972 稲尾 和久 6 130 47 80 3. 370 32. 242 110 4. 12 1973 稲尾 和久 4 130 59 64 7. 480 4 5. 239 116 3. 58 1974 稲尾 和久 4 130 59 64 7. 480 3 4. 235 90 3. 46 1975 江藤 慎一 3 130 58 62 10. 483 2 4. 261 135 3. 73 1976 鬼頭 政一 6 130 44 76 10. 367 6 6. 259 115 4. 08 1977 鬼頭 政一 6 130 49 73 8. 402 6 5. 249 128 4. 27 1978 根本 陸夫 5 130 51 67 12. 432 4 5. 268 109 3. 75 1979 根本 陸夫 6 130 45 73 12. 381 6 5. 259 140 4. 60 1980 根本 陸夫 4 130 62 64 4. 492 6 4. 267 219 4. 43 1981 根本 陸夫 4 130 61 61 8. 500 2 5. 267 143 3. 62 1982 広岡 達朗 1 130 68 58 4. 540 1 3. 253 131 3. 31 1983 広岡 達朗 1 130 86 40 4. 683 ---. 278 182 3. 20 1984 広岡 達朗 3 130 62 61 7. 504 14. 256 153 4. 10 1985 広岡 達朗 1 130 79 45 6. 637 ---. 272 155 3. 82 1986 森 祗晶 1 130 68 49 13. 581 ---. 281 185 3. 69 1987 森 祗晶 1 130 71 45 14. 612 ---. 249 153 2. 96 1988 森 祗晶 1 130 73 51 6. 589 ---. 270 176 3. 61 1989 森 祗晶 3 130 69 53 8. 566 0. 271 150 3. 86 1990 森 祗晶 1 130 81 45 4. 643 ---. 263 162 3. 48 1991 森 祗晶 1 130 81 43 6. 653 ---. 265 155 3. 22 1992 森 祗晶 1 130 80 47 3. 630 ---. 278 159 3. 52 1993 森 祗晶 1 130 74 53 3. 583 ---. 260 114 2. 96 1994 森 祗晶 1 130 76 52 2. 594 ---. 279 122 3. 81 1995 東尾 修 3 130 67 57 6. 540 12. 246 117 2. 98 1996 東尾 修 3 130 62 64 4. 492 13. 258 141 3. 58 1997 東尾 修 1 135 76 56 3. 576 ---. 281 110 3. 63 1998 東尾 修 1 135 70 61 4. 534 ---. 270 115 3. 66 1999 東尾 修 2 135 75 59 1. 560 4. 258 89 3. 58 2000 東尾 修 2 135 69 61 5. 531 2. 255 97 3. 68 2001 東尾 修 3 140 73 67 0. 521 6. 256 184 3. 88 2002 伊原 春樹 1 140 90 49 1. 647 ---. 278 183 3. 20 2003 伊原 春樹 2 140 77 61 2. 558 5. 271 191 4. 43 2004 伊東 勤 1 133 74 58 1. 561. 276 183 4. 29 2005 伊東 勤 3 136 67 69 0. 493. 269 162 4. 27 2006 伊東 勤 2 136 80 54 2. 597. 275 131 3. 64 2007 伊東 勤 5 144 66 76 2. 465 14. 264 126 3. 82 2008 渡辺 久信 1 144 76 64 4. 543 ---. 270 198 3. 86 2009 渡辺 久信 4 144 70 70 4. 500 11. 261 163 4. 01 2010 渡辺 久信 2 144 78 65 1. 545 0. 271 150 4. 19 2011 渡辺 久信 3 144 68 67 9. 504 20. 253 103 3. 15 2012 渡辺 久信 2 144 72 63 9. 533 3. 251 78 3. 24 2013 渡辺 久信 2 144 74 66 4. 529 7. 257 86 3. 54 2014 伊原 春樹 5 144 63 77 4. 450 16. 248 125 3. 77 2015 田邊 徳雄 4 143 69 69 5. 500 20. 263 136 3. 69 2016 田邊 徳雄 4 143 64 76 3. 457 23. 264 128 3. 85 2017 辻 発彦 2 143 79 61 3. 564 13. 264 153 3. 53 2018 辻 発彦 1 143 88 53 2. 624 ---. 273 196 4. 24 2019 辻 発彦 1 143 80 62 1. 563 ---. 265 174 4. 35 2020 辻 発彦 3 7 3 4 0. 429 3. 233 6 4.

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埼玉西武ライオンズ

西武 球団 記録

通算安打の球団記録は、近年、更新が相次いでいる。 2018年は東北楽天ゴールデンイーグルスと阪神タイガースの2球団、2019年は埼玉西武ライオンズの記録が塗り替えられた。 東北楽天では、 嶋基宏(現・東京ヤクルトスワローズ)が 鉄平(850安打)を上回り、嶋を 銀次が抜いた。 阪神では、 鳥谷敬(現・千葉ロッテマリーンズ)が 藤田平(2064安打)を凌駕。 埼玉西武では、 栗山巧が1807本目のヒットを打ち、 石毛宏典の記録を上書きした。 ちなみに、嶋の通算安打は930本だ。 2007年から昨シーズンまで、東北楽天でプレーしてきた。 筆者作成 ただ、ここからしばらくは、どの球団も1位の入れ替わりは起きそうにない。 現在、4球団には、それぞれの球団記録との差が1000本以下の選手が在籍している。 埼玉西武は 中村剛也(1467安打=358本差)、東北楽天は 藤田一也(700安打=400本差)ら、東京ヤクルトは 青木宣親(1591安打=582本差)、読売ジャイアンツは 坂本勇人(1884安打=902本差)がそうだ。 埼玉西武と東北楽天では、1位の栗山と銀次が、これからも本数を増やしていく。 しかも、東北楽天の場合、銀次と藤田の差は年々広がっている。 青木は 若松勉(2173安打)との差を縮めているが、メジャーリーグから日本プロ野球へ復帰後の2シーズンに記録した、平均153. 2020年のシーズンが短縮されれば、さらに遅くなりかねない。 なお、青木は2012~17年に、メジャーリーグで774安打を記録した。 坂本はまだ31歳ながら、あと5年、昨シーズンの173安打と同じ本数のヒットを打ち続けても、 王貞治(2786本)に及ばない。 今後5年とも、自己最多の178安打(2009年)と同じ本数でも、通算安打は2774本だ。 王よりも12本少ない。

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