美濃市 観光。 岐阜県美濃市のシンプル地図(縮尺7)

岐阜県美濃市 美濃観光ヤナ 名古屋・一宮からお車で約1時間と好立地。あゆの塩焼きをはじめ、あゆのフルコースがお薦めです。

美濃市 観光

お昼ご飯を食べてお腹がいっぱいになった昼下がり。 元気が出たところで、お次は美濃の農業についてご紹介。 美濃は農業が盛んで、トマトやドラゴンフルーツなどが栽培されています。 今回訪れた「美濃河堤番茄園」は、10年前からトマト栽培を始めたそうです。 こちらで栽培されている品種は「橙蜜香」といって、肉厚で香りが高いのが特徴。 また外皮はオレンジ色を帯びており、これ以上は赤くなりません。 黄金色になったら食べごろです。 ちなみにみなさん、台湾ではトマトはフルーツなんですよ~。 ナビも最初は食後のデザートにミニトマトが出てきた時にはびっくりいたしましたが、台湾のミニトマトはと~っても甘く「フルーツ」のカテゴリーに入れても全然おかしくありません! さてこちらのミニトマトは12月末から4月が収穫期、この間に台湾全土から宅配注文を受け付けています。 また農園ではトマト狩りもできます。 トマトを採りながらその場で食べるのもよし、お持ち帰りするのもよし。 さあ、ナビもトマト狩りに挑戦しました。 まず建物真正面部分「正身」は建物の心臓部分ですから、一番重要で神聖な場所。 先祖の位牌と神様がまつってあります。 そして外の壁には家族の姓を現す屋号が書かれていますが、実はここに客家人と閩南人との違いが現れているんです。 みなさん字をよ~くみてください。 「穎堂川」と書いてありますね。 実はこの字、閩南系の家では「穎川堂」と書くのが普通なんです(「穎川」とは陳姓の家系の意味)。 しかし客家系の家では、「堂」の文字を真ん中に持ってきて「穎堂川 」と書くんですね。 これはなぜかというと、台湾にいろんな民族が渡ってきて争いが絶えなかった時代、他の民族と客家人を区別するための仲間どうしの暗号にしていたためだそう。 この文字を見て別の族なら首がはねられた!なんていうおそろしい時代もあったんでしょうね。 テーブルに材料がたくさん並べてあります。 これで3~4人分。 「擂茶」は字のごとく、擂る する お茶という意味。 客家人が遠くは三国時代より好んで愛飲し、もてなしのお茶として親しまれたお茶なのだそうです。 また客家人が栄養を補うために考え出されたこの「擂茶」は、茶葉を擂るのではなく、ゴマ、緑茶葉、豆類、穀類や漢方等およそ20種類の食材を擂り混ぜ、烏龍茶を注いでいただくものです。 とっても体によさそうですね。 また、「擂る」というと日本ではゴマ擂り。 そうです、使われている道具 擂鉢や擂り棒など も日本の物とよく似ています。 先ほどご紹介した油紙傘といい、「擂茶」といい、日本人と客家人、共通する何かを感じずにはいられません。 擂鉢に入っている米香(米のポップコーン)、白ゴマ、黒ゴマ、落花生を擂棒で擂ります。 一人が擂鉢を支え固定させ、もう一人が擂っていきます。 擂っていくうちに、落花生やゴマの香りがふんわり。 しっかり混ざり、少々粘り気が出てきたらOK!自分で擂る、それが「擂茶」の醍醐味といえましょう。 擂り終わった中に緑茶ベースの粉を投入。 そして、擂棒、スプーンを使用してよく混ぜ合わせます。 小碗にスプーン山盛り3杯ほど入れ、烏龍茶を注ぎ入れます。 最初の1杯目はお茶を少なめにいれて、とろとろとした濃い目のオリジナルフレーバーを楽しんでください。 そのあとお好みで米香を入れ烏龍茶も注ぎ足します。 薄くした分やや甘さ控えめとなりますが、うまみは変わらず!米香を入れることにより、香ばしさがプラスされます。 ミステリアスな客家文化 今までナビは客家の人々について倹約、勤勉といった漠然としたイメージしかありませんでした。 今回実際に、美濃という町で客家の人々の暮らしや文化、歴史に実際に触れることができ、客家が少し身近に感じられるようになりました。 そして今回ナビは、客家人の生き方、そしてその精神にとても感動を覚えて帰路に着いたんです。 特に今回印象に残ったのは客家人の建築や服装、食文化には彼らの歴史的経験から得た先人たちの知恵が隠されているという所です。 貧しく、苦しい経験をしながらも家族で団結し、たくましく生きてきた客家の人々の努力、謙虚な心は現代の私たちにたくさんのことを教えてくれました。 それは現代の日本人が忘れてしまった、何か大切なことなのかもしれません。 みなさんも是非高雄にいらしたら美濃まで足を運んでみてくださいね。 以上、台北ナビでした。

次の

岐阜県美濃市のおすすめ観光スポット7選!自然と歴史の街歩きを楽しもう

美濃市 観光

jp」から行いますので、各携帯電話の設定で「minokanko-yana. jp」のドメインが受信できるようの設定して頂ければ幸いです。 美濃観光ヤナのおすすめ料理はこれです。 美濃観光ヤナのおすすめ料理は「 鮎のフルコース」と「 鮎の塩焼き」です。 鮎を使った料理は様々ありますが、なんと言っても「塩焼き」が一番のおすすめ。 鮎の香りや美味しさを、もっともシンプルに味わうことができるのがこの塩焼きです。 ぜひ豪快にかぶりついてください! 「 鮎のフルコース」は塩焼きをはじめ、刺身、フライ、雑炊などまさに 鮎づくし!穏やかな時の流れを刻む長良川、本物の 活鮎、とれたての味を是非一度ご賞味ください。 出口を左へ。 まで25分 美濃I. から美濃観光ヤナまで約5分。 まで約1時間。 皆様のお越しを美濃観光ヤナスタッフ一同心よりお待ち致しております。 尚、何かご不明点がございましたらお気軽にご連絡くださいませ。 担当者が丁寧にご対応させて頂きます。

次の

美濃市のおすすめ観光スポット クチコミ人気ランキングTOP20【フォートラベル】

美濃市 観光

多羅城は、大垣市上石津多良地区にかつてあったと推察される戦国時代の城館です。 関ケ原の戦い以前、この地を所有していた関一政が多羅(良)城を築いたとされ、築城時期は天正年間とも慶長年間とも言われています。 慶長5年(1600)、関ケ原の戦いの後、関一政は伊勢国亀山(現亀山市)に移封となり、代わって高木貞利がこの地に転封され旗本となりました。 多羅城の場所等の特定には至っていませんが、推定される場所が複数あります。 宮の西高木家陣屋跡や羽ケ原の城ケ平、上多良の城屋敷、松ノ木の城山などが城跡とされる場所で、それぞれの地名に「城」の名が今も残されています。 西高木家陣屋跡は、近世陣屋として良好に残る石垣・墓所・地下遺構・建造物などの現地遺構に加え、絵図類を含む膨大な量の古文書群が残り、近世幕藩領主の姿を豊富な資料によって現在に伝える全国的にも貴重な遺跡として、平成26年国の史跡に指定されています。 高木家は、大和高木村の出で、伊勢を経て、享禄元年(1528)に美濃に移ったとされます。 齋藤道三・織田信長に仕え、美濃南部の駒野・今尾を拠点としました。 一時甲斐に赴きましたが、関ケ原の戦いの功により、慶長6年(1601)に美濃の時・多良(現大垣市上石津町時・多良地区)の地を拝領し入郷、西高木家・東高木家・北高木家三家それぞれで陣屋を構えました。 高木家の石高は三家で4,300石でしたが、交代寄合として大名の格式を許され特別な役儀を負いました。 まずひとつに、時・多良地区は美濃と近江・伊勢との国境で、高木家はその警固にあたりました。 また、木曽三川の治水行政にあたる川通御用としても重要な役目を負い、宝永2年(1705)より幕末まで、水行奉行として美濃・伊勢・尾張の諸河川の管理にあたりました。 江戸時代中期、木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)を分流した難工事・宝暦治水にも工事監督責任者のひとりとして深く関わりました。

次の