トロイ の 木馬 神話。 トロイの木馬とは?

ウイルス? ギリシア神話? 「トロイの木馬」の2つの意味

トロイ の 木馬 神話

コンテンツ• トロイア戦争に参加 オデュッセウスはイタケという小さな島の王でした。 昔からその明晰な頭脳は評判になっていたようです。 妻ペネロペとの間にはテレマコスという息子が生まれ、平穏に暮らしていました。 ところがその平穏な日々を破ったのが【パリスの審判】でした。 トロイアとの戦争にはオデュッセウスの優れた頭脳がどうしても必要だと思った総大将ミュケナイ王アガメムノンはなんとしてでも彼を味方に付けようとパラメデスという男に命じました。 「首に縄を付けてでも、オデュッセウスを連れて来い!」 自分が担ぎ出されそうだということを感じていたオデュッセウスは「気がふれた」フリをします。 大切な畑に塩をまき、ロバと牛に鋤を付けて耕していたのです。 塩をまいては植物はダメになりますし、ロバと牛では歩幅が違うので、耕すことはできません。 ところがオデュッセウスの頭の良さ(ズル賢いとも)を知っていたパラメデスは、幼いテレマコスを鋤の前に置いたのです。 さすがのオデュッセウスも我が子を傷つけることはできませんでした。 しぶしぶトロイア戦に参加することになったのです。 オデュッセウスがなぜ参戦をためらったのか、その理由は神託でした。 「この戦に参加すれば再び故郷に帰るまで長い月日がかかるだろう」と言われたのです。 結果的にはその予言は大当たりでした。 でも、オデュッセウスほどの男がイタケという小さい世界に我慢していられたかと思うと疑問です。 自分の知略に自信のある男は、いずれ大舞台で思う残分力を振るいたいと思うはず、彼は名高い国王達と近づく機会を窺っていたのではないかと筆者は推測します。 トロイの木馬 戦場でオデュッセウスはまずアキレウスを引っ張り出します。 彼は母女神テティスが女装させて隠していたのですが、あっさり見破ってしまったのです。 これでアキレウスの死ぬ運命は決定的になりました。 また、アガメムノンの娘イフゲニアを生け贄にすべしという神託が下されたとき、彼は何も行動しませんでした。 オデュッセウスが理を説いて、戦略を定めれば人々は納得し、この少女は殺されずに済んだかも知れないのです。 しかし、冷酷な男はパラメデスを通じてアガメムノンへのわだかまりがあったのか、イフゲニアを見殺しにする側に立ちました。 彼の面目躍如と言われるのが 《トロイの木馬》です。 職人エペイオスに巨大な木馬を作らせ、中に兵士を潜ませトロイ城外にわざと放置したのです。 何も知らないトロイアの兵士達は「良い戦利品だ」と城内へ運び入れてしまいました。 寝静まったところで、木馬から兵士達が飛び出し、トロイアの兵達を殺戮し、城に火をかけました。 こうして、トロイアは陥落し、ギリシア側の兵士達は数々の戦利品を手に故郷へと向かおうとしたのです。 王妃ヘカベー ギリシア側の男たちはトロイア王家の女性達を奴隷として分け合いました。 オデュッセウスがもらったのは、プリアモス王の妻で既に老境に入っていた王妃ヘカベーでした。 彼女は自慢の息子ヘクトルを始め、パリスも失っています。 また、老齢だからと戦場に出なかった夫プリアモスを目の前で殺されています。 呆然として涙さえ流せない老女(自分の母親ぐらい)をなぜオデュッセウスがもらうことにしたのか、哀れみや同情という言葉ぐらいこの男に似合わない言葉はないのですから、他の理由があったのでしょう。 あるいは若い女性、ヘクトルの妻やカッサンドラ王女などはアガメムノン達に取られたので、残り物をもらったのでしょうか? ヘカベーはその後消息不明となります。 オデュッセウスの船の上から身を投げたと言われていますが、真偽は不明です。 そして戦利品の死についてオデュッセウスは何も言っていません。 こういうところに冷酷非情さを感じてしまうのです。 トロイア落城後、オデュッセウスは故郷へ帰還するはずでした。 ところが、嵐に巻き込まれた彼の船はイタケとは逆方向に流されてしまったのです。 トロイア戦争以上の長期間に亘る漂流の始まりでした。 やなど、恐ろしいが美しい魅惑的な魔女の島へ流されたり、の歌声に惑わされそうになったりと、数々の試練を乗り越え、オデュッセウスは10年後イタケに帰ったのでした。 この長い旅をまとめて叙事詩『オデュッセイア』を作り上げたのが、有名なホメロスです。 ホメロスはトロイア戦争をまとめた叙事詩『イーリアス』の作者でもあります。 オデュッセウスの弓 オデュッセウスが留守の間、妻のペネロペは求婚者達の群れに悩まされていました。 「どうせオデュッセウスは死ぬ」と思っている男たちには、美貌で賢く良妻にふさわしい慎ましさを持ったペネロペをほってはおけなかったようです。 最初のうちこそ、「ひょっとしたら戻ってくるかも知れない」と男たちも遠慮がちでしたが、戦争が5年も続くと次第に態度が大きくなってきます。 舅も歳を取りましたし、テレマコスはまだまだ少年。 男たちの中にはペネロペの侍女を手名付けて、大胆なことをしようとする者も現れるようになったのです。 そんな時、やっとオデュッセウスが帰ってきました。 しかし、用心深い彼はまず使用人、そして息子に正体を明かし、ペネロペには黙っているように命じたのです。 自分の留守をいいことに好き勝手に振る舞う男たちへ復讐するつもりだったのでした。 オデュッセウスをひいきにしている女神はペネロペに「我が夫が愛用の弓を引けたなら、夫といたしましょう」と言わせます。 それはオデュッセウス特製の強弓で、普通の者は引けっこないものでした。 求婚者達は我先に弓を手にします。 しかし、びくともしません。 そこへ旅人に身をやつしたオデュッセウスが登場し、悠々と弓を引いたのです。 それだけではありません。 妻に言い寄る男たちを射殺し、その手先となった侍女達は首を絞めて殺したのです。 そして邪魔者を全て排除したオデュッセウスは正体を現し、夫婦は10年ぶりの逢瀬を満喫したと言われています。 オデュッセウスガンダム なんと機動戦士ガンダムにもRX-104オデュッセウスガンダムという機体が登場します。 これは、「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」に登場する軽装タイプのガンダムですが、原作小説には登場していません。 原作小説に登場したのは重装備タイプのRX-104FFという機体で、その名はなんと「ペーネロペー」。 そうです、オデュッセウスの妻、ペネロペの名でした。 ペーネロペーの所属するのは地球連邦軍キルケー部隊という、これもまたギリシャ神話から名をとっています。 戦艦ユリシーズ(銀河英雄伝説) オデュッセウスの英語読みであるユリシーズといえば、銀河英雄伝説におけるヤン・ウェンリーの旗艦ユリシーズを連想する方も多いのではないでしょうか? 銀河英雄伝説におけるヤン・ウェンリー提督もやはりオデュッセウス同様の軍略家であり同盟軍の軍師的存在でした。 アニメ作品中でもヤン・ウェンリーがトロイア戦争でのオデュッセウスについて語っている場面もありました。 そのヤン・ウェンリーが旗艦の命名をするにあたって、史上最大の作戦とも言えるトロイの木馬を行ったオデュッセウス=ユリシーズからもらったのもうなずけますね。 オデュッセウス ~トロイの木馬を考案した軍師の頭脳~ まとめ 軍師として迎えるなら、これほど頼もしい男はいないでしょう。 しかし、冷たく計算高い性格は夫とするにはどうなんだろう? と思ってしまいます。 こういう男がそばにいたら、一言一言裏読みをされそうで、うっとうしくなりませんか? でもペネロペは添い遂げたようです。 このペネロペについては別章で紹介しますが、彼女もかなりの性格をしていたようです。 お似合いの夫婦だったのかも知れませんね。 最後まで読んでくださってありがとうございます。 マイベスト漫画は何と言っても山岸凉子の『日出処の天子』連載初回に心臓わしづかみにされました。 「なんでなんで聖徳太子が、1万円札が、こんな妖しい美少年に!?」などと興奮しつつ毎月雑誌を購入して読みふけりました。 (当時の万札は聖徳太子だったのですよ、念のため) もともと歴史が好きだったので、興味は日本史からシルクロード、三国志、ヨーロッパ、世界史へと展開。 その流れでギリシャ神話にもドはまりして、本やら漫画を集めたり…それが今に役立ってるのかな?と思ってます。 現在、欠かさず読んでいるのが『龍帥の翼』。 司馬遼太郎の『項羽と劉邦』は有名ですが、劉邦の軍師となった張良が主役の漫画です。 頭が切れるのに、病弱で美形という少女漫画のようなキャラですが、史実ですからね。 マニアックな人間ですが、これからもよろしくお願いします。

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完全保存版! トロイア戦争のあらすじまとめ

トロイ の 木馬 神話

背景 トロイア戦争において、ギリシア勢の攻撃が手詰まりになってきたとき、が木馬を作って人を潜ませ、それをイーリオス市内に運び込ませることを提案した。 参加して日の浅いとは戦いに飢えていたので反対したが、戦いに倦んでいた他の諸将は賛成した。 これはトロイア戦争の始まる前、3つのがギリシア勢に下されたためである。 その神託とは、ネオプトレモスの戦争への参加、イーリオスにある神殿にある神像()がトロイアの外に持ち出されること、イーリオス城正門の鴨居が壊されることで、この3つが果たされなければイーリオス城が陥落することは無いとのものであった。 この時点でネオプトレモスは戦争に参加していたため、オデュッセウスとがパラディオンを盗み出し、巨大な木馬を製作して、トロイア人がこれを城内に入れる際、自ら進んで門を破壊するよう仕向ける事にしたのである。 このため、強くはなくとも大工の技に長けていたが木馬の製作を指揮することとなった。 エペイオスはから木を切り出させ(自軍の船の木材を転用したとも)それを材料に木馬を組み立てた。 木馬作成の過程は、の『トロイア落城』に最も詳しく書かれている。 映画『』に登場した木馬。 現在はイーリオスに近い()に展示されている 夜が明けると、トロイア人は、ギリシア人が消えうせ、後に木馬が残されていることに気がついた。 ギリシア人が去って勝利がもたらされたと信じたトロイア人は、市内から出てきて木馬の周りに集まり、シノーンを発見した。 トロイア人たちはシノーンを拷問し、ギリシア人の行方や木馬の作られたいきさつを問いただしたが、シノーンは正しいことを言わず、「ギリシア人は逃げ去った。 木馬はアテーナーの怒りを鎮めるために作ったものだ。 そして、なぜこれほど巨大なのかといえば、この木馬がイーリオス城内に入ると、この戦争にギリシア人が負けると予言者に予言されたためである」としてトロイア人を欺き通した。 欺かれたトロイア人たちは木馬を引いて市内に運び込んだ。 とが市民たちをいさめ、木馬にを投げつけた。 その直後、から2匹のが現れ、ラーオコオーンとその二人の息子をくびり殺したため、市民たちは考えを変えた。 門は木馬を通すには狭かったので、壊して通した。 そして、アテーナーの神殿に奉納した。 トロイア人はその後、市を挙げて宴会を開き、人々が寝静まり、守衛さえも手薄になっていた。 それを好機と木馬からオデュッセウスたちが出てきた。 そして計画どおりでテネドス島のギリシア勢に合図を送り、彼らを引き入れた。 その後ギリシア勢はイーリオス市内をあばれまわった。 酔って眠りこけていたトロイア人たちは反撃することができず、などの例外を除いて討たれてしまった。 トロイアの王もネオプトレモスに殺され、ここにトロイアは滅亡した。

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ラオコーンとは

トロイ の 木馬 神話

トロイの木馬伝説 〜伝説に描かれた物語の真相〜 * ギリシア神話に描かれたトロイ戦争 * 古代ギリシアの詩人ホメロスは「イリアス」という作品で、伝説のトロイ戦争を細かく描写している。 それによると物語の前半はギリシアの神々の話から始まり、後半にはトロイ城をめぐるリアルな攻防戦に終始しており、言わば、現実的描写と神話の要素が絡み合った一大叙事詩とも言える作品である。 叙事詩によれば、トロイ戦争が起ったのは、紀元前1200年頃とされている。 「イリアス」がつくられたのは紀元前9世紀頃と見なされているので、そうなると約400年ほど昔のことをホメロスは綴っていることになる。 ちなみにイリアスとはギリシア人のトロイを意味する言葉である。 端的に言えば、トロイ戦争とは一人の美女が原因で起きた事件と言えそうだ。 * 絶世の美女をめぐって * その女性の名はヘレンといい、父は神々の主ゼウスであった。 やがて成長したヘレンは、絶世の美女となりギリシア中の王子たちに求婚されるまでになった。 ヘレンは多くの求婚者の中からミケーネの王子メネラオスを選び、スパルタの王城に住んだ。 当時、ミケーネはギリシアの中でも最も強力な王国であった。 スパルタの王女ヘレン、ゼウスがスパルタ王妃レダに生ませた王女。 表向きは、スパルタ王の王女として育てられた。 その頃、ギリシアのぺリオン山では神々の結婚式が行われていた。 結婚式にはすべての神々が招かれたが、争いの女神エリスだけは招待されなかった。 無視されたと知って怒ったエリスは災いの種を播くために黄金のりんごを婚宴の席上に投げ込んだのであった。 その黄金のりんごには「最も美しい女神にこのりんごを捧げる」と描かれていた。 当然、その場に居合わせた3人の女神、ヘラ、アテナ、アフロディテの間で激しい論争が巻き起こされることになった。 つまり、争いの神エリスの放ったりんごは予想どうり災いの種となったのである。 3人の女神は自分こそは、そのりんごを得るにふさわしい存在だと主張して一歩も譲ることはなかった。 そして挙句に、彼女らはその判定をゼウスに迫って来たのであった。 ゼウスは悪い予感が当たったとばかり尻込みをしたが、そこは全能の神ゼウスである。 平静心を装いながら、傍にいたトロイのパリス王子に、まんまと審査員の役を押しつけうまく逃げてしまったのであった。 かくして、パリス王子は、ゼウスの依頼を断り切れず審査する立場になってしまった。 女神ヘラは自分を選んでくれれば、小アジア全土を与えようと言った。 アテナはあらゆる戦での勝利を約束した。 アフロディテは世界中で最も美しい女性と結婚させてあげようと言った。 パリス王子は一途で純真な青年であった。 ロマンチックで美しい女性との結婚を夢見ていた彼は、果たしてアフロディテに黄金のりんごを送ったのであった。 虚栄心を満たされたアフロディテは、にっこりと微笑むと、嫉妬に歯ぎしりする二人の女神をしり目に、望みを叶えてあげますとばかり、パリス王子をエーゲ海の向こうのスパルタの王城内へと導いて行った。 そしてそこで、パリス王子は絶世の美女ヘレンを目撃したのだった。 ヘレンを一目見て、たちまちのぼせ上がったパリス王子は、彼女に夫と幼い娘がいることを知りつつも、自らの熱き思いを彼女に訴えざるを得なかった。 一方、アフロディテはヘレンの方にも恋心を吹き込んでいたので、彼女の方もパリス王子の言うがままとなり、あまたの財宝を船に積み込むと夜陰に乗じて海に乗り出しトロイに向かっていったのであった。 * 10年越しの長期戦に * パリス王子とヘレンが密かにスパルタを出帆したのを知った夫のメネラオスは激怒した。 さっそく、兄であるミケーネ王のアガメムノンと相談して遠征軍をトロイに送ることを決めてしまった。 ギリシア全土から兵がかき集められた。 軍船だけでも1000隻を下らぬ大軍団であった。 やがてギリシアの大艦隊は、エーゲ海を渡りトロイの城を望見出来るほどに接近した。 攻撃に先だって、ギリシア側は使者を送り、ヘレン返還を求めた。 パリス王子はこれを固く拒否した。 トロイ側はすべての城門を閉ざして城内に立てこもり防戦の構えを取った。 こうしてトロイ戦争の幕は切って落とされたのである。 それからというもの、両軍は激しい戦闘をくりかえした。 ある時は戦車を駆り、あるいは白兵戦で、あるいは一騎討ちで戦われた。 しかし、トロイの城の守りは固く、ギリシア軍はなかなかこれを落とすことは出来なかった。 しかも、小アジアの他の国々もトロイに味方し援軍を送ったので、戦争は激しく総力戦の様相を見せ始めた。 トロヤ戦争を描いたレリーフの一部 こうして、戦争は長期戦となり、ついに10年目にさしかかろうとしていた。 その間にギリシアの英雄は多数戦死し、一方、パリス王子も矢を胸に受けて戦死してしまった。 パリス王子が亡くなると、残されたヘレンを巡って三人の弟が争い、結局、デイポボスが次の夫になっていた。 争いに敗れたヘレノスという弟は、山中に逃げ延びたところをギリシア軍に捕われ、尋問の末トロイの守りの秘密を明かしてしまった。 それによれば、トロイ城内にあるアテナ神殿には、パラディオンという像が安置されており、それが安泰である以上、トロイは絶対に陥落しないということであった。 それを聞き出したギリシア側は夜陰に乗じて城内に侵入して、首尾よくパラディオンを盗み出してしまった。 そうして、オデュセウスという知者が木馬の計を考えたのである。 オデュセウスは、さっそく工匠たちに巨大な木馬をつくらせた。 その木馬は中は空洞になっており50人の勇者が潜むことが出来る巨大なものであった。 最後に彼は、木馬の外側に「故国帰還の感謝を込めてアテナ女神に捧げる」と彫らせた。 つまり、これは盗んだパラディオンの像の代わりにギリシア軍がアテナ女神に捧げてその許しを乞うということである。 例え敵方の神殿に祭られていようが、アテネ女神はギリシア人の心の拠り所であったのである。 ただし、これがトロイのアテネ神殿に入れられてしまえば、トロイは不死身となってしまうので、城門を通れなくするために巨大につくったのだとスパイを使って噂を流布させることも忘れなかった。 そうして、50人の勇士を秘めた巨大な木馬は、荒野に置き去りにされた。 一方、ギリシア全軍は陣営をすべて焼き払って撤退し、夜の間に出帆し、近くの島陰に隠れて事の成りゆきを見守っていた。 翌日、ギリシア軍が一人残らず撤退して巨大な木馬だけが、残されているのを見たトロイ側は、戦争がついに終わったと狂喜したが、この巨大な木馬を果たして城内に入れていいものか思案に暮れてしまった。 木馬を城内に引き入れるトロイ軍 結局、噂も手伝いトロイ側はこの巨大な木馬を神殿に捧げることに決めた。 総掛かりで、城門の一部を取り壊して、巨大な木馬をその日のうちに城内に引き入れてしまったのであった。 その夜はトロイの城内では戦勝記念と城が不滅になったことを祝して盛んな響宴を催した。 その夜、トロイの城兵らは、酒の酔いも手伝いぐっすり寝込んでしまった。 頃を見計らった50人の勇士は、木馬から出るや否や行動を起こした。 海上のギリシア軍には合図を送り、内側からは、すべての城門を開けたのである。 まもなく、満を持したギリシア軍はトロイの城内になだれ込んだ。 そうして彼らは、火を掲げて城内を駆け巡り王宮や兵舎、神殿を襲い、殺戮と略奪、破壊をほしいままにしたのである。 こうして、燃えさかる業火の中でトロイは滅亡した。 かくして、ヘレンはオデュセウスによって助け出された。 メネラオスはヘレンとともに奪った財宝と数多くの捕虜を従えて、故国スパルタに向かって船出していった・・・。 トロイ落城の様子 以上がホメロスの叙事詩「イリアス」の語るあらましである。 * 発掘されたトロイ * 長い間、この伝説は叙事詩の中で人々に読まれ語られてはきた。 しかし、誰一人としてこの話が本当にあった出来事と信ずる者はいなかった。 すべて古代の吟遊詩人が豊かな想像力を駆使して描いた神話の中だけの世界だと思っていたのである。 この叙事詩を現実の世界に変えたのは、シュリーマンという一人のドイツ人だった。 彼は8才の頃、クリスマスの日に父親からプレゼントされた一冊の絵本に大感銘を受けた。 まだ幼かったにもかかわらず彼は、絵本の中の話が実際に起きた出来事だと信じ込んだ。 そして、必ずこの伝説の町トロイを発見しようと決心したのである。 ハインリッヒ・シュリーマン シュリーマンはその後、実業家としても、大成功を収め巨額の資産を築き上げた。 また、彼は勤勉で大変な努力家だった。 事業の傍ら、古代ギリシア語を始め、実に18か国語を独学によってマスターしたのだった。 そして19世紀の後半、シュリーマンは事業で蓄えた莫大な資金に物を言わして発掘を開始、見事トロイの町を掘りあてたのであった。 つまり、8才の少年の夢は実に40年後に実現したのである。 かくしてシュリーマンは人々から神話を堀当てた人と呼ばれるようになった。 * 神話と現実のはざまの中で * 発掘されたトロイの町の廃虚は9層から成り立っていた。 ゆっくりと堀進んで行くに従い、業火によって大量の焼けた陶土が表れて来た。 また、いたるところで、火災の跡が歴然としてきた。 これは堅固なトロイの城塞が大火災を被って滅亡したことを意味するものであった。 そしてまもなく、その焼けた陶土の中から、黄金の杯、銀の大がめ、黄金の王冠、腕輪、ネックレスなどといったトロイの財宝の数々が続々とあらわれて来たのであった。 こうして伝説のトロイ戦争が神話の世界の産物ではなく、歴史上で本当に起った事件として証明されたのであった。 しかし一方、ヘレンやパリス王子やメネラオス、オデュセウスが実在したのかどうかは不明である。 それに、ギリシア軍が難攻不落のトロイ城を落とすために50人もの兵を潜ますことの出来る巨大な木馬を本当につくったのかどうかも定かでない。 トロイの遺跡 史実は神話と伝説の奥深くに隠され、真相は常闇の世界をさまよっているからだ。 それにしても、トロイ戦争の原因が一人の美女を巡るだけという単純なものだったのだろうか? 紀元前12世紀頃のエーゲ海一帯には、ギリシアの海賊が横行していて小アジア沿岸の都市は、相当な略奪の被害を受けたというから、小アジアの諸都市が一致協力して、ギリシア側に対処していたといわれている。 その結果、両者の間で何らかの深刻な利害対立が引き起こされ、戦争につながっていったと考えられなくもない。 その原因が何だったかはわからないが、最終的には、トロイを中心とする小アジア連合軍とスパルタ率いるギリシア連合軍が10年越しの戦に没入していったと考えられるのだ。 ただ文書記録もない時代のこと。 人から人へと語り継がれる何世紀もの間に、様々に変化して神話化されていったことは多いに考えられることだ。 しかし、今から3200年もの昔、何かとても大切なものを巡って、ギリシア軍とトロイ軍は命をかけて戦った。 それが何を巡る争いだったのかは、今となっては知るよしもない。

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